小説とは何か?

小説……。それは人間力を高めるエッセンスがつまったもの。
だと自分は思っている。

今は便利なもので、デジタル化が進み電子書籍やケータイ小説などどこからでも小説を楽しめる。
まずはどんな文章でもいい。活字にふれることをはじめ、人間力を高めようではないか。

何か一つの事をやり遂げたいと思ったときって、すごい集中力を発揮できたりしますよね。なんとなく始めたことって、やっぱりどこかで「いつやめてもいいや」なんて思ってしまうものなんですけど。
私は特に集中力が散漫なほうなので、打ち込んで何かをするっていうのが結構苦手。すぐに飽きてしまったり、疲れてしまったりして他のことが気になってしまうんですよね。唯一集中してどっぷりのめりこめるのは読書くらいかな?体調に因ったりはするんですけど、大体一度本を開いてしまうと読み終わるまでは本の世界から帰ってこられなくなってしまいます。トイレに行くのも本を読んだまま、もちろんおなかがすいたら本を読んだままパンを食べたり、何かつまめるものを用意したり。時々本のほうに集中しすぎて、飲み物を注いでいることを忘れてあふれさせてしまったりもします(笑)集中力があるんだか無いんだか…。
一度母に、「いつか怪我をするからやめなさい!」と怒られたので、熱いものを扱うときは一旦本を閉じるようにはしています。あと、食事しながら読書はお行儀が悪いからやめなさいってよく怒られるので、それも気をつけないと…。本にこぼして汚したことも数え切れないですからね。でもやめられないんだよなあ~(笑)

○年前、都内の某花火大会に出掛けたときのことです。そのときが初体験だった私は、予想以上の人出に目を丸くしてしまいました。どこもかしこも人だらけ。なかなか目的のスポットにたどり着けません。でも、お祭という非日常的な場所が生み出す高揚感からか、あまり苦にはなりませんでした。出店もたくさん。携帯用の紙コップに入った唐揚げをつまみながら、のんびりと歩いていきました。
浴衣姿のカップルだとか、家族連れだとかが、見た目にも華やかで素敵でしたね。私も浴衣姿で来れば良かった、とその時は後悔したのですが、よく考えてみれば、きっとすぐに脚が痛くなって動けなくなっていたと思います。下駄なんて滅多なことでは履きませんし、ただでさえ普段から運動不足ですし……(苦笑)。
それから、あの辺りは伝統工芸品を商うお店が並んでいて、風情がありますよね。かんざしや櫛等を商うお店のショーウィンドウに、髪をアップにした浴衣姿のお嬢さんが映りこんでいる光景などは、思わずカメラを取り出したくなるほど素敵でした。
人通りの多い場所をやっと抜け、同行者が「穴場」だという小さな神社へ。街中にあって、階段の先にちょこんとお社があるのですね。階段の最上段に座っておしゃべりしながら、最初の花火が上がるのを待っていました。やがて夜空を彩る、無数の花火……。
ティーン向けの青春小説等を読んでいると、花火大会は青春の象徴のように扱われていたりしますよね。私にとっても、とても素敵な思い出です。

最近、とある癒やし系マンガにハマっています。台詞も良い、キャラクターも良い。深夜枠でアニメ化されたのですが、そのアニメの出来も良いのです。BGMなんてもう最高。観ているだけでふんわりした気持ちになれます。ノベライズを始めとする関連書籍やドラマCD等も片っ端からかき集めて、幸せ。一部高値が付いているものもありましたけれど……くっ。
そのマンガには聖地があるのですが、残念ながら外国。ちょっと予算的に厳しかったので、国内にある似たような場所に出掛けることにしました。それは――某夢の国。ちなみに海の方。某夢の国大好きな友人に付き合ってもらって、素敵な街並みや水路、ゴンドラ等を楽しんできました。相変わらずあそこは凄い人ですね。そして意地でも現実から隔絶させようとするキャストの気概的なものを感じます(笑)。全体的にサービスのクオリティが高いですよね。確かにこれは業績を伸ばし続けて当然だなぁ、と思います。
アトラクションやショー等も全力で楽しみ、お土産を大量に買い込んで帰宅。ついノリで買ってしまったカチューシャの処遇をどうすべきか、現在絶賛悩み中です。友人曰く、仮装パーティの時にでも使えば良いと。……次のハロウィンにでも使ってみようかな。

我が家の近くにある公園では、春になると桜とシロツメクサが一斉に咲きます。子供の頃は、空間の上下共に花が咲き乱れるその公園が大好きで、ずっと春なら良いのにな、なんて思っていました。
その時期になると、「○○~、公園行く~?」なんて、母が階下から声を掛けてくれるんですよね。子供部屋で絵本を読んでいる私に向かって。もう矢も楯もたまらず部屋を飛び出して、母と手を繋いで出掛けていました。桜の花びらの綺麗なのを母と集めて。シロツメクサを編んで花冠を作って。とても懐かしくて素敵な思い出です。あくまで【思い出】なので、ちょっと美化されてるかもしれませんが(笑)。
その公園には、大人になった今でも出掛けています。防犯措置だとかで、ある程度樹を伐採されてしまっているのですが、春の訪れと共に現出する空間の美しさは、あまり変わっていません。そして、春に限らずどの季節にもそれぞれの魅力があるんですね。子供の頃は気づきませんでした。
ベンチに座ってのんびりと小説を読みます……。水筒に入れたお茶も持参。ページの隙間にヒラリと桜の花びらや、綺麗に紅葉した葉っぱが留まることがあります。近所の子供連れのお母さんたちが楽しそうにおしゃべりしている脇で、季節の遊びに興じる女の子たち。額を突き合わせて携帯ゲームをしている時でも、不思議と心が和む光景になります。それが公園の力なのかもしれませんね。

先日、高速バスで移動する機会がありました。天気の影響で急に冷えこんだ日のことで、外にいるのはちょっとツライ感じ。高速バスに乗るのは久しぶりだったので、早め早めの行動を心掛けていたのですが、それが却って裏目に出て、バスが来るまでの約1時間、何とかヒマをつぶさなくてはならなくなりました。
……というわけで、停車場の近くにある大型の書店へと行きました。私と似たようなことを考えた人が多かったのか、いつもより混雑しているような印象を受けました。だからあったかかったのかもしれませんが。いや、もう、本当に、書店に入った途端ホッとする感じ。
荷物を持っていたので、立ち読みしている人にぶつからないよう苦心しながら書棚の森を彷徨うこと約1時間。うまい具合にバスの中で読む小説を手に入れて乗車。別の本を持参してはいたのですが、多分途中で読み切ってしまうだろうなーと、その時は思っていたのです……。
さてバスの中で本を読んでいると、トンネルにいい感じに邪魔されますね。オレンジ色の光と影が交互に襲ってきて、段々気持ち悪く……うっぷ。結局途中までしか読めなかったのですが、降車後の電車で持参の本共に読破できました。電車ってあんまり揺れないし、光量も一定なのでいいですね。
次にバスで小説を読むときは、酔い止めを持っていこうと思います。慣れないことはするものではないですね。

映画が好きです。映画館で観るのも好きですが、自宅でマイペースに楽しむのも好きです。気の置けない友人が隣にいるといいですね。ペチャクチャおしゃべりしながら観ることができます。これは映画館ではできないことです。……やったら怒られます。
先日もそんな感じで楽しんできました。場所は友人宅。持ち寄りのお菓子をつまみながら鑑賞したのは、20世紀初頭の宗教裁判がテーマの映画。ちなみにモノクロです。もうすでにお腹いっぱい感が漂っていますが、ボケとツッコミをまじえながら観ると時間があっという間に過ぎていきます。いくら気が置けない間柄とはいえ、所詮は他人。着眼点が違ったり、それぞれの知識に応じて演出の意図を読んだりと、何かと勉強になることも多いです。
宗教裁判に見えて実は地域同士の対立でもあった、ということが某地域の行軍歌と共に暗示されてエンド。私はこの行軍歌を知らなかったので、彼女が解説してくれなかったら当分気づかなかったと思います。お互いに参考になりそうな本や小説を紹介し合って、その日はお開き。
人との繋がりってありがたいですよね。1人ではわからないことも、2人なら、3人なら、わかるようになるかもしれない。ああ、だから【3人寄れば文殊の知恵】なんて言葉が残っているわけですね。私も彼女の助けになれるよう、自分磨きを怠らずにいたいところです。

大人になると食の好みが変わりますよね。昔は好きだった物がそれほど美味しく感じなくなったり、逆にこんな物まずいと思っていたものが大好物になっていたりします。中には今でも大好きなお菓子や食べ物もありますが、間違いなくこんなおいしくない物がおいしかったと思えるようになった物はたくさん増えたと思います。でもそういう好みや味覚がかわるのは食べ物だけではなく、他の事にも言えると思うんですよね。読む本の種類とか。昔好きだった作家さんの本は物足りなくなると感じたり、とても重い内容のものを面白く感じるようになったり、洋服の好みが若干変わったりとか、持ち物の趣味が変わったりとか。大人になるという成長もあるんだろうけど、周りの影響もあると思います。やっぱり、いつも側にいる友人とかもしくは職場の人とかの影響ってあると思うんですよね。あとは憧れの女性がいるとそんな風になりたいと目指してみたりすると、又そこからも変わってきます。いろんな物を見たり聞いたり挑戦したりすることは悪くないと思うし、そこで又新たな発見があると思います。でも自分は自分である事を忘れず、周りに影響され過ぎず自分は自分らしく、自分の好きな物を好きと言えて自信を持つ事も忘れたくありません。シンプルイズベストです。

楽しい長いお休みの後は、元の生活に戻るのに苦労しませんか。子どものころ夏休みは冬休み、友達と一日中遊んだり、朝ゆっくり寝たり、ぐーたらマンガを読みながらお菓子を食べたり楽しい時間を過ごした分、始業式に出るのがちょっとめんどくさいと思ったことありませんか。大好きな友達に会えることはいいのだけれど、又朝早くおきて学校に行く日が続くのかと思うと子どもながらにはぁっと思ったものでした。子どものころは、大人はいいな、勉強しなくて良いな、宿題もなくて羨ましいと思うこともありましたが、今思えば大人がどれだけ子ども時代を恋しいと思うか、やっとわかった気がします。お金の心配もしなくて良いし、家事の心配もしなくていい(お手伝いとかは除いて)、明日の心配事と言えば宿題と何をして遊ぶか、そんな悩みだけだったような気がします。大人になって、一人暮らしや家族がいると、今月の生活費がどうのこうの、明日のお弁当はどうする、今日の夕飯のメニューはと考える内容が違います。逆に言えばその分自由も増えたと思います。限られたお小遣いではなく、自分で稼いで生計を立てる、頑張った分だけお給料になって返って(くる時も)きます。大人でいることも子どもでいることも良し悪しありですね。

読書をしようと思っても時間的になかなかできない….そんな人も結構多いかと思います。本を読もうと思っても仕事や家事が終わってからではどうして夜遅くになってしまって読み始めたとしても数ページ読んで眠くなってしまっていつも結局読まずじまいになってしまう、そんな私です。じゃあいつ本を読めばいいんだろ、悩んでいたとき、ふと頭に思い浮かんだのが電車の中で熱心に単語帳を貪っている受験生の姿でした。彼らは学校にいる間だけでなく、なるべく隙間の時間も勉強にあてるため、なんと電車の中でも勉学に励んでいたのです。彼らと比較してみると自分はどうでしょう、電車の中ではいつも周りの広告に目をやってぼォっとしたり、席に座れたらただ妄想にふけっているだけではありませんか。その日から私は電車の中での時間を、彼らのように、彼らまでとはいかずとも有効活用するために読書に費やすことに決めました。そうしてから一回一回の読書量は小さいかもしれませんが、その時間は確実に増えていき、電車内の読書だけでも一ヶ月に一冊ほどのペースで読書が進められるようになりました。みなさんもぜひ実践してみるといいかもしれません。充実した読書ライフを過ごせるようになるかもしれませんよ。

ふと、本棚の整理をしていたら懐かしい作品が出てきました。高校時代に買ったライトノベルで、もともとは大好きなゲーム作品をノベライズしたものでした。物語の主人公はゲームではわき役だった女の子で、彼女の視点からシナリオを見るとこうなるのか…と妙に納得した気持ちになりました。小説でもなんでもそうなんですが、お話の中心になる主人公は割といつもスポットが当たっていますよね。でも、その裏側で誰がどんなことをしていて、何を感じて誰に会っていたのか、そんな部分は語られることが少ないです。でも、そういう裏側を知ることによって表の物語に厚みや現実味が増すということもあるんだなあ~となんだか妙に感心したのを覚えています。
友達と一緒にはまっていたので、懐かしくなってその子にも連絡してみたところ、久しぶりにプレイしてみたくなったね!とお互いに盛り上がってしまいました。面白いから、久しぶりにお互い同時にプレイ開始してみようよなんていう話になり、10年ぶりくらいにゲーム機に電源を入れた私たち(笑)何よりも、機械が現役でいてくれたことに驚きでした。物持ちが良いってすごいね~なんてお互いに話をして、また進捗状況をお互いに連絡し合う事にしました。しばらくはこれで楽しめそうです。